事業報告

◆【5】-1北方圏交流新時代―新千歳‐ヘルシンキ線就航に向けて  北海道とフィンランドの様々な交流

 

 北海道とフィンランドとの交流は多岐にわたる。すべてを網羅的に掲載することは困難であるが、自治体間交流、学術交流、先住民族間の交流、民間交流について若干触れたい。

 

 ≪1.自治体間交流≫

 道内にはフィンランドの自治体と友好提携している町がふたつある。奈井江町=ハウスヤルビ町、壮瞥町=ケミヤルヴィ市だ。

 

【奈井江町とハウスヤルビ町】

 奈井江町は開基50周年を記念し1994年に「健康と福祉の町」を宣言。背景には、もともと住友奈井江鉱などの石炭産業が街を支えていたが、70年代後半から急激に斜陽化。労働人口が町から激減し、残された町民の高齢化に対応すべく、健康・福祉政策に町政の軸足を置くことに決定した。厚生労働省(当時)から福祉政策先進自治体として紹介されたハウスヤルビ町に医療福祉関係者を派遣し、相互交流が始まる。95年に北良治町長(当時)がハウスヤルビ町を訪問し、友好都市提携に調印。96年から計8人の町職員をひと月ずつ送り込み、保険・福祉・医療の分野で研修を重ねた。ハウスヤルビ町からも町長や医療福祉分野の人材が来町し、研修などを通じて福祉交流を続けてきている。北町長はハウスヤルビ町との交流などから着想を得て、1998年には歌志内市、新十津川町、上砂川町、浦臼町、雨竜町と連携、空知中部広域連合を結成して介護保険事業を行うことを提案し、実現させた。1996年に設置された巨大なログハウスの道の駅は「ハウスヤルビ奈井江」と命名され、今でも交流のシンボルとして利用されている。

 

【壮瞥町とケミヤルヴィ市】

 1990年初頭に壮瞥町の民間事業者が「サンタ村」を町内に建設する構想を立て、本場フィンランドから公認を得るための調整中に、フィンランド政府から「フィンランドの何処かの自治体と壮瞥町との自治体交流を」との提案を受ける形で交流が始まった。サンタ村の建設は実現に至らなかったが、1993年に友好都市宣言の調印が行われ、町発祥の「雪合戦」の選手相互派遣交流、そして町内の中学生を在校中全員ケミヤルビ市に派遣する事業は現在まで継続している。特に生徒派遣事業では「小さな町でも子どもたちに夢を」の合言葉のもと、人材育成の一環で、2018年度までに654人の中学生をケミヤルビ市に町費で派遣しており、教員や引率者を含めると実に800人を超す町民がケミヤルヴィ市を訪れている。壮瞥町の人口が約2,500人なので、単純に計算すると町民の3分の1が過去にケミヤルヴィ市を訪問したことになる。

 

 派遣事業に参加したことがきっかけで、中学校卒業後の進学先としてケミヤルヴィ市内の高校を選んだ生徒が昨年誕生した。2016年中学校2年時に派遣事業に参加し、派遣中に留学の思いを強くした小田すみれさんだ。現在、派遣中のホームステイ先だったホストファミリーに身を寄せ、ケミヤルヴィ市の高校に通っている。今回のフィンランド訪問では小田さんに直接会うことはできなかったが、メールを通じて取材することができた。以下、一部掲載する。

 

小田さん(左)と高校の友達(右)。ルチア祭の衣装を着て。

 

―――どうしてケミヤルヴィ市の高校へ?

 小田さん―絶対にケミヤルヴィ市で学びたいと強く思ったのは2016年夏、14歳の時、壮瞥町のフィンランド国派遣事業で初めてこの国を訪れた時です。穏やかな人々、壮大な自然。ここでなら思いっきり学びたいことを存分学べると思いました。

 教育、福祉、男女平等、どこをとっても世界トップクラスのフィンランド。2018年、2019年連続で世界幸福度ランキング1位を獲得しています。国民が幸せだと感じるこの国で、現地の方と生活することによって、その「幸せの鍵」が見つかるかなと思ったのもこちらに来たかった理由の一つです。

 「中学卒業後にすぐ」という選択は、やりたいと思ったらすぐ取り掛かりたい性格なので。フィンランドの高校に進学したいと思った時から、日本の高校への進学は考えられませんでした。(笑)

 ただ今思い返すと、この選択は本当によかったなと思っています。この年齢で家族から離れて海外で暮らすことで、世界がとても広がりました。考え方にしても将来の夢にしても日本にいたら、また違っていると思います。

 

―――実際にケミヤルヴィ市の高校に行ってみて感想はどうですか?

 小田さん―フィンランドでは高校は3年で卒業すべきという考えもなく、3年半或いは4年かけてアルバイトや専門学校と両立しながら卒業する生徒もいます。授業は大学のように選択制で自分の興味のある分野を中心に学びます。現地の生徒も個人個人の個性を大切にする国の教育を誇りに思うと言っていました。また「エコで時代にあった学びを効率よく」という考えの基、電子化によるが進んでいます。私は教科書、ノート、試験、すべてパソコンを使用しています。

 他方でフィンランド人の友達から日本の教育も良いという話も聞きました。毎日のホームルーム、学校祭や部活等集団で過ごす時間が多い日本の学校に対して、ここではそのような活動がほとんどなく、クラスメート同志の繋がりが薄いように感じます。勉強だけでなく、人間関係、集団の中で生きていく事を学ぶ点は日本の学校教育の特徴なのかなと思います。

 フィンランドで生活するにあたり私にとっては言葉(フィンランド語)が一番大きな壁です。まだまだですが、フィンランド人同等の語学力を目指して頑張ります。

 授業料は基本小学校から大学まですべて税金で賄われています。

 

高校で行われたルチア祭。キリスト教の聖人聖ルチアの聖名祝日を祝う行事で、12月13日に行われる

 

―――お友達はできましたか?

 小田さん―はじめの2か月ほどは、フィンランド人も私もシャイでなかなか話しかけることができずにいましたが、今では一緒に遊んだり勉強したりできる友達もたくさんできました。

 滞在先はホームステイです。ホームステイすることは留学前から心待ちにしていたことの一つです。とても心温かい家庭で、私を優しく歓迎してくれました。クリスマスは家族と一緒に過ごす一年で最も大切な行事で、昨年のクリスマスにホストファミリーと時間を共有できたことは私の特別な宝物です。

 

 

―――ケミヤルヴィ市に日本人はほかにいますか?

 小田さん―以前は3人でしたが、現在ケミヤルヴィ市に住んでいる日本人は私一人だと思います。

 

 

―――勉強はいかがですか?

 小田さん―勉強は難しいです。言葉もあまり話せないまま渡航してしまったので、新しい言葉で新しいことを学ぶということに苦労しています。先生方が授業時間や放課後に補修の授業や私のために問題を用意してくださり、かろうじて授業についていくことができています。

 

 

―――お休みの日は何をしていますか?

 小田さん―最近は休みの日に、趣味の楽器演奏や料理をする時間が増えてきましたが、まだやはり勉強に費やす時間が多いです。冬季はクロスカントリースキーやスケート、寒中水泳も楽みました。クラスメートのお父さんが柔道の先生で、こちらに来て柔道もはじめました。

 

 

―――フィンランドと北海道、似ているところなど印象は?

 小田さん―まず、どちらも積雪寒冷地域ですね。フィンランド人によく、「すみれは日本から来たから雪を見るのは初めてでしょと?」と言われますが、雪遊びが大好きな道産子ですから。(笑) ただラップランドの寒さは、壮瞥町の寒さと比べ物にならなく、夏の8月に6度まで気温が下がることもあり、冬季はマイナス35度近くの低温を体験しました。そして日が沈まない白夜と日中でも薄明か、太陽が沈んだ状態の極夜があるのも大きな違いです。1日中暗い冬は嫌だという人が多いですが、私はこの時期も好きです。家の庭からオーロラを眺めるのは至福のひと時です。

 似ているところをもう一つ挙げるとするとは先住民族だと思います。ラップランド地域の先住民族であるサーミ族はアイヌ民族と歴史的にも似ているところがあり、アイヌ民族のことを知っているフィンランド人は多いように感じます。

 

ケミヤルヴィ市から見えるオーロラ。小田さん撮影。

 

―――ケミヤルヴィ市で壮瞥町に訪問したことがある人とお会いしましたか?

 小田さん―はい。以前壮瞥町でALT(英語補助教員)として勤務していた方や雪合戦の大会に参加した方、数年おきのケミヤルヴィ市の訪問団で壮瞥町に訪問した方々などにお会いしました。みんな歓迎してくださいました。

 またケミヤルヴィ市には「MENDOKUSAI-めんどくさい」というアマチュアのバンドがあります。親日家の若者で構成され、日本の曲も演奏しています。彼らは2度壮瞥を訪問しています。

 

 

―――ケミヤルヴィ市では雪合戦の大会は行われていますか?

 小田さん―はい。毎年4月の上旬にヨーロッパ選手権大会が開催されます。2年前に観に行きましたが、自分の故郷である壮瞥町発祥の雪合戦を何千キロも離れた国で、多くの人々が楽しんでいる姿を見て感動しました。スポーツに言葉は必要ありません。より多くの方に楽しんでいただければと思います。(今年は4月5日~7日に開催されました)ちなみに昨年は昭和新山国際雪合戦大会の第30回記念だったのでケミヤルヴィ市からのチームも壮瞥にやってきました。

 

ケミヤルヴィ市で行われた雪合戦

 

―――フィンランドの食事で好きなものは何ですか?また、日本の食事で懐かしいものは何ですか?

 小田さん―友達のお母さんは料理が得意で、彼女とおしゃべりをしながらフィンランド料理を作ることが好きです。特にクリスマスパイやサーモン・スープ、カレリア・パイが好きです。一方で、日本の食文化の奥深さ、多様さはこちらに来て深く実感しています。懐かしい食べ物はたくさんありますが、なかでもおばあちゃんの作る梅干しや栗ご飯が恋しいです。

 

 

―――フィンランドの高校生で流行っていること、日本の文化で注目されていることはありますか?

 小田さん―漫画やアニメ、ゲームは人気がありますね。アニメから日本語を覚えたという友人も数人います。また、面白いところではホストファザーは日本の文房具が大好きで愛用しています。

 

 

―――高校卒業後の進学は?

 小田さん―現時点では高校卒業後、フィンランドの大学への進学を考えています。将来は両国の建築を学び、フィンランドと日本をつなぐ建築士になるのが夢です。2019年の夏季休暇に一時帰国を予定しています。

 

 

秋の公園でくつろぐ小田さん

 

―――壮瞥町、北海道、日本の高校生にメッセージがあれば

 小田さん―今一番思うことは、なんでもやってみないと分からないということです。無理だと思わないで本気で夢を追いかけてみないと。私も中学1年生の頃まで、普通に道内の高校に進学して大学に進み、就職するものだと思っていました。それがあるときフィンランドという国に出会い、その2年後にその国の高校生になりました。実際にフィンランドの高校生になってみて、日本にいた頃の当たり前が覆される日々です。

 言葉も文化も違う国で生活することは、楽しいことだけではありませんが、どんなにきつくても、今ここで学べることに感謝でいっぱいです。今は、通学路の風景、友達からのメッセージ、一杯のココア…、日々の小さなことが美しく感じられ、しあわせで毎日のエネルギーになっています。いつ何がきっかけで人生がどう転がるかはわかりません。様々なことに挑戦することで扉が開けることもあるでしょう。何事も無理だと思わず、まず挑戦してみることが大切だと思います。

 もちろん、日本の高校でしか学べないこともたくさんあります。今を楽しんでください。一緒に頑張りましょう。

 

―――ありがとうございました

 小田さん―ありがとうございました。

 

※写真は全て小田さんから提供いただきました。

サマーコテージにて


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