事業報告

第6回「北海道で考える北東アジア国際情勢シンポジウム」

「動き出した日ロ新時代~今後の展開を考える~」

 

日 時 平成29年3月3日(金) 14:00~16:30

場 所 京王プラザホテル札幌 2F 「扇の間」

主 催 公益社団法人北海道国際交流・協力総合センター(ハイエック)

後援・協力 北海道 札幌市 根室市 北海道経済連合会 北海道商工会議所連合会

北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター 毎日新聞社北海道支社 北海道新聞社

コーディネーター:岩下明裕 北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター教授

パネリスト:         黒岩幸子 岩手県立大学教授 

                           齋藤大輔 ロシアNIS貿易会 経済研究所次長

                           本間浩昭 毎日新聞社報道部根室記者

                           高田喜博 ハイエック上席研究員

 

*基調講演

PDF版はこちら(印刷用)

北海道で考えるシンポ(新HP用)(PDF)

 

(岩下明裕)

 今日のテーマは「動き出した日ロ新時代」ですが、これは最後に再び聞きますが、気になるのは、本当に動き出すのかということです。これまで領土問題は、何回も動くといって動かなかったのではないか。これが今日のテーマの柱になると思います。

 その前に、12月の日ロ首脳会談の評価ですが、これはどこを見るかによって違います。領土問題を見るのか、経済問題を見るのか、人の往来について見るのか、安全保障について見るのかなど、どこを見るのかによって評価は違うのだろうと思います。それを踏まえて、それぞれ一人12分で、まず今回の首脳会談は百点満点で何点なのか、その理由をつけて発言して下さい。

 

(黒岩幸子)

 評価は100点から120点ぐらいあげても良いと考えています。その前に、一つ言っておきたいのは「フェイクニュースに気をつけろ」ということです。12月の日ロ首脳会談前のメディアの報道は、官邸リークに踊らされて、いかにも領土問題が解決するのだという論調でした。ところが、ふたを開けてみたら何も出なかったので、今度はダメだと切り捨てました。日本のメディアには問題認識が全く欠けていると思います。自分たちが踊らされて失敗したのですから、どこを間違ってあんなに大騒ぎしたのかという自己検証が必要なはずです。でもその反省を何もしていない。こういうフェイクニュースに国民は踊らされてはいけないのです。

 ここに“The fake news media is the enemy of the Japanese people!”(フェイクニュースメディアは日本国民の敵)と書きました。今話題のトランプ大統領のツイッターからの引用をアレンジしたものです。メディアで色々言われてきたことは抜きにして、私の話を聞いていただきたいと思います。

 なぜ私が100点から120点という高い得点を付けたかというと、プーチンを交渉の場に連れ戻したことで成功だと見るからです。これに対してメディアの評価が低いのは、どこを起点にして考えるかの違いだと思います。プーチン大統領は、2000年に大統領に就任しました。当時の日本側は、小渕首相からバトンタッチしたばかりの森首相でした。その後も日本の首相は8回も交替して、ロシアとの北方領土交渉は迷走します。その間、プーチン大統領は、いったん首相になった時期を除いては、一貫して政権の座に就いています。そのプーチンを相手に、今から16年前の2001年3月に合意したイルクーツク声明が、日ロ交渉の最高到達点でした。なぜかと言えば、冷戦後初めて1956年の日ソ共同宣言を文書の上で再確認したからです。また、法と秩序に基づいた解決を約束した東京宣言なども確認されました。しかし、その後、日本では鈴木宗男スキャンダルが起こります。これで、それまで積み上げてきた日ロ交渉が振り出しに戻ったのです。いわば日ロのサッカーの試合が始まってボールを蹴り合っていたら、日本チームのベンチで大乱闘が起こって、トッププレーヤーが袋叩きにあって試合が続けられなくなったという状態です。こうして、相手チームのトップ、つまり、大統領になったばかりのプーチンに恥をかかせたわけです。そのプーチンを交渉の場に連れ戻すことは難しかったはずですが、とくかく連れ戻した。だから評価に値するのです。私は安倍政権がやることなすことに全て反対してきたけれど、日ロ交渉に関しては評価します。

 経済協力8項目については「食い逃げ論」がありますが、これは全く間違っています。経済協力というのは、北方領土に対する対価ではなく、領土交渉を進めるための環境づくりなのです。もし、領土をお金で買い戻せるのならば、1990年代の前半に返ってきたでしょう。その頃のロシアは、資本主義経済への移行期で経済的に大変苦しかったからです。経済協力と引き換えに領土問題で譲歩するというロシア側からの働きかけもありましたが、4島一括返還でなければダメだと日本外務省は断ったのです。ロシアはそれ以上は言ってこなかったのです。あのロシアが苦しかった時ですら金で買えなかったものが、今、金で買えるわけはないのです。

 北方領土での共同経済活動については、根室を中心とする道東に経済効果があることだけを条件に、どんどん推進すべきだと考えています。日本の主権をあまりに強く主張するのは馬鹿げています。ロシアが実効支配している島で、日本の主権を云々すれば共同経済活動などできません。1998年にも持ち上がった共同経済活動の交渉が流れたのは、日本が主権を問題にし過ぎたからです。

 現在、ビザ無し交流を実施していますが、これはロシアの交通法規に従い、ロシアの警察のパトカーに先導されて移動するなど、ロシアの主権下で行われています。だからといって日本人が北方4島をロシアの島だと認めたわけではありません。この間、ビザ無し交流の通訳者が一人、国後島で拘束されるという事件がありました。実際にはロシアの主権下で行われている交流ですから、日本側はその通訳者をすぐに連れて帰ることはできなかったのです。根室に経済効果があるのなら、ロシア側に税金を払っても良いのではないでしょうか。ただし、その場合には「日本の法的立場を害さない」という一言を入れておけば良いのです。

 それから、昨年末の日ロ首脳会談の際に、安倍首相が元島民を利用したという話が出ていますが、これも馬鹿げています。元島民は以前から利用されてきたからです。どういうことかというと、千島歯舞諸島居住者連盟ができた時、これは唯一の元島民の団体として認可されました。元島民は根室を基点として北方領土を放射線状につながっていたので、島同士のネットワークは弱かったのです。それで、自分の島だけが返ってくればよいというようなことを考えると、いまさら元島民を利用したと言うのは的外れでしょう。

 最後の領土問題の展望ですが、私が初めてビザ無し交流の通訳に出かけてから25年たりました。ここでぐずぐずしたら、また20年、30年たってしまいます。そうすれば戦後100年になりますね。例えば、今、日露戦争の頃の不正義を持ち出して、どうにかしてくれと言っても、それがどんなに正しくても、100年続いた事実を変更することは難しいでしょう。

 わずかな展望として提案したいのは、北海道知事は「島民ファースト」という旗印を上げてはどうかということです。これまで北海道は、70年も国と歩調を合わせてやってきたけれども、領土交渉はちっとも動かない。それならば、道民は自分たちの立場をもっと主張すべきではないでしょうか。元島民の方々を大事にする、その子孫の人たちも大勢住んでいる根室の地域を大事にする、そして、島に住んでいるロシア人を大事にするという意味での「島民ファースト」です。というのは、今、日本の離島の居住者がどんどん減少していく中で、北方領土に住んでいるロシア人は重要です。それから忘れてはいけないのは先住民のことです。かつて国後島に数千人のアイヌがいましたが、今は一人も残っていません。日ロ平和条約を締結する際には、日本とロシアが先住民に対して何をしてきたかを明らかにすべきです。

 そして、領土問題が解決しようとしまいが、どこに国境線が引かれようが、それを超克して、根室を中心とする北方領土を含めた水産経済圏を再び活性化させるべきです。それは北海道のためだけでなく、アジア、北太平洋地域、そして世界の平和にも貢献することを北海道から声を上げてほしいと思っています。

 

(岩下)安倍外交の中でも、北方領土交渉に対する評価が低い中で、かなりの高得点を与えました。評価の方法として、自分が設定した目標より到達点が上なのか下なのかというのがありますが、黒岩さんの「交渉の場に引き戻したから」というのであれば、安倍首相は、プーチンは来てくれるだけで良いと考えていたのでしょうか。メディアは、最低でも2島は返還されるだろうと言っていましたが、安倍総理はそうは考えていなかったのでしょうか。

 

(黒岩)安倍総理が何を考えていたかは分かりませんが、今の状況で「少なくとも2島は返還される」というのは余りに甘い考えです。そんなことはあり得ないことは分かりきっていました。それにもかかわらず自信を持って「最低でも2島」とリークしたのは、安倍総理が2島でも良いとする腹だったのかもしれません。しかし、それは甘かった訳です。

 2002年の鈴木宗男事件で日ロ交渉がむちゃくちゃになった時の相手方であったプーチンをもう一度連れてきた功績は大きいと思います。安倍首相本人は、何か別なことをしたかったのかも知れませんが、客観的に見れば評価できます。

 

(岩下)黒岩さんは、プーチン大統領が交渉の場に戻ったと言いますが、プーチンは平和条約ことには言及していますが、北方領土問題については一言も言っていません。これは交渉に戻ったと言えるのでしょうか、ただ日本に来ただけではありませんか。

 

(黒岩)日本に来ただけということはありえません。来日したのは事実であるにもかかわらず、何もない何もないと言って潰そうとするのか理解できません。

 

(岩下)私が聞きたいのは、領土問題を交渉するということが聞こえてこないのではないか。交渉に戻ってきたというが、私は戻ってきてはいないと考えています。

 

(黒岩)今はスタート時点で、これから交渉が開始されるのですから、急いで結果を求めるべきではないでしょう。どうして、交渉開始のホイッスルが鳴ったばかりなのに成果を求めるのですか。はじめて根室に日が当たっている時に、国民の視線が集まっている時に、今こそ「こうやれ、ああやれ」と積極的に発言して前進させるべき時に、なぜダメだダメだと言って、これを潰そうとするのですか。ロシアの回し者ではないだろうかと疑ってしまいます。せっかく土俵に戻ってきたのだから、今は安倍首相を支援して成果を出すよう努力すべき時です。

 

(岩下)それでは、平和な経済の問題に話を変えます。

 

(齋藤大介)

 経済中心にお話をさせていただきます。ロシアを長年ウオッチしている人から見れば、黒岩先生が言うように100点、ロシアを良く知らない人から見れば0点となのかもしれません。私としては期待値も入れて50点をつけたい。正直言って、プーチンが帰国して、これで息切れをしてしまっては、そこで終わりです。私はロシアNIS貿易会に所属しており、政府に近いところで仕事をしていますが、「2+2」、日ロ戦略対話、大臣レベルの訪問、そして安倍首相の訪ロなど、これからもやるぞという日本政府の積極性を感じています。これまで積極的に展開してきた対ロ外交を、これからも継続しようとしていることは評価できると思います。

 あまり評価できない点は、プーチン大統領だけをターゲットにしているところです。ナンバーツーであるメドベージェフ首相は親中派であり、また、北方領土を訪問したことがあるということで、彼は嫌われています。しかし、いつ彼が来日したかと言えば2010年の洞爺湖サミットの時だけで、首相になってからは一度も来ていません。極東経済開発は、プーチンが仕切っているようですが、経済は首相の専管事項です。経済協力にかこつけてメドベージェフ首相を日本に呼ぶことも必要ではないでしょうか。一般に、プーチン大統領の独裁のように言われていますが、下の意見を良く吸い上げているとも言われています。いくら柔道などを通じてプーチン大統領が日本文化にも詳しいといっても、周囲が対日強硬派であったらプーチンも日本に譲歩しづらい。そういう意味でプーチン以外の閣僚も味方にしていくことが、日本外交には必要です。

 12月のプーチン大統領の訪日の時に80件の文書に署名がなされました。安倍首相が昨年5月にソチで提案した経済協力8項目にそって区分けすれば、一番多いのがサハリンプロジェクトの液化工場に第3トレインを増設する等のエネルギー関連です。次は極東との経済協力に関する15文書で、北海道総合商事が手がけるサハ共和国での温室栽培の合意などもこれに含まれます。

 これを地域的に見ると、やはりエネルギーの23件の内の10件は極東ですし、ハバロフスクのロシア鉄道病院の健康センターがあり、都市作りとしてはウラジオストクが都市環境整備のモデル都市となっているなど、27件でだいたい三分の一が極東に関する案件です。

 重要なのは、経済協力は経済支援ではない、これに税金が投入されるということはないということで、1990年代の対ロ支援とは全く異なり、あくまで民間ベースでウィンウィンの関係を築こうとするものです。したがって、黒岩先生の言うように食い逃げには当たりません。経済協力と領土問題の関係としては、経済協力を進めていけば、島が返ってくると考えるのは大間違いです。領土問題に引き出すための一つのツールでしかない。安倍政権は、領土問題は正々堂々と交渉すべきであり、経済協力をエサに島を返してもらおうということは考えるべきではありません。

 日ロの経済関係の足元を見ていくと現時点では厳しいです。オイルマネーの落ち込み、ルーブルの下落など、ロシア経済の落ち込みで日ロ貿易は落ち込んでいます。2016年に約200億ドルまで行きましたが、2016年の貿易高の速報値は150億ドルで、2017年も落ち込むと思います。

 ロシアに進出している日本企業は約400社です。その内350社ほどがモスクワ周辺、のこり50社ほどが極東に進出しています。東南アジアなどに出ている企業数に比べるとはるかに少ないというのが現実です。簡単に言えば、日ロ経済関係というのはマイナーなのですね。皆さんにとってなくても困らない関係なのです。これをマイナーなままで終わらせることなく、メジャー化をはかっていきたい。そのためには分野の多様化、中小企業がいかに出て行くか、さらにはエリアの広域化の三つが必要です。

 日ロ貿易を見ていくと、日本からロシアに出ているのは、ほとんどが中古車やタイヤを含む自動車関係です。反対にロシアから日本に入ってくるのはエネルギーで、非常に一次産品に頼った構造です。ロシアに進出する企業も、エネルギー、商社、自動車、家電とかに限られてきたので、その裾野を拡大していかなければなりません。

 拡大の可能性があるのが、医療、農林水産、先端技術、都市開発、インフラ整備です。最近のロシアNIS貿易会に対する極東ビジネスの問い合わせは、全部が農林水産関係となっています。かつては、農林水産関係は斜陽産業だったので、問い合わせはなかったけれど、今、一番ホットなのは極東地域の農林水産の分野です。

 例えば、北海道の地元企業である「北海道総合商事」がやっているサハ共和国での温室栽培施設など、日本企業の目は農林水産に向いています。

 もう一つは中小企業であり、いくら大企業が出て行っても、やはり中小企業が出て行かないと、日ロの経済関係の裾野は広がりません。

 あとはエリアの広域化です。現在、モスクワ周辺に350社、極東に50社ほどが出ていて、その間のバイカル地方とかシベリア地域に進出している企業は少ない。しかし、エネルギー開発で潤っているのは、その辺りなので、そこを攻めていかないと日ロ関係の発展はないと思います。

 

(岩下)プーチンだけ相手にして良いのかという話がありました。よく言われるのは、ロシアは「トップが決めると動く」ということなのですが、私も必ずしもそうではないと思います。そうだとしても、メドベージェフは終ったと思っているので相手にしないのでは。一時期は後継者と言われていたけれども、もうそれはないなと日本政府が思っているのではないでしょうか。

 

(齋藤)確かに、プーチンが動いているので、メドベージェフには力がない、彼を相手にしてもしかたがないと思われているかも知れません。その下の第一副首相イーゴリ・イワノヴィッチ・シュワロフを相手にした方がよいという意見があるかもしれない。しかし、プーチンと、いつ解任されてもおかしくないメドベージェフの関係が続いている。ロシア人の友人も、この二人は永遠の上司と部下の関係だと言っており、その意味でメドベージェフの影響力は否定できません。

 

(岩下)G7などではプーチンよりメドベージェフの方が民主的だとか評価は高いけれども、北方領土へ行った彼を日本人は評価しないのでしょう。日本人は、どこかでプーチンは島を返してくれるのではないかと思っていますが、もし「プーチンを信じる」と言えば世界では驚かれるでしょう。そこで聞きたいのは、経済協力の面ではプーチンを信じても良いのでしょうか。

 

(齋藤)プーチン大統領は、投資環境やビジネス環境の改善に積極的に取り組んでおり、そういう意味では、少なくとも経済関係では一定の信頼を得ています。

 

(岩下)民間ビジネスとしては、いかに利益を得るか、いかにリスクを回避するかということが問題になりと思うのですが、実際にこれだけ儲かっているというような事例はあるのでしょうか。

 

(齋藤)ロシアビジネスで成功している人は「成功している」とは言いません。失敗事例だけが表に出てきます。

 ただ、日ロビジネス対話に参加した名古屋の中小企業の経営者は、ロシアで600人ほど雇っているなど、かなり手広くやっています。ロシアビジネスのやり始めは、言葉の問題などで苦労も多くて大変なのですが、成功しても後に続いてくる人はいないので、利益を独占できる、利益率は高いという傾向があるようです。

 これにたいして中国ビジネスは、日本企業や地場の企業との競争が激しくて、売上の割には利益は少ないようです。

 私が所属するロシアNIS貿易会という団体があること自体、ロシアビジネスが特殊であることを意味しているので、早くロシアビジネスをメジャー化してロシアNIS貿易会を潰さなければならないと考えています。

 

(岩下)ありがとうございました。それでは本間さん。今日は記者という立場から離れて個人としてしゃべって下さい。

 

(本間浩昭)本間です。記者としての発言ではないので宜しくお願いします。

 北方領土というのは、すぐ隣にあるパラレルワールドだと思います。今後、そのパラレルワールドとの関係がうまく構築できるかということになります。

 まず、評価ですが、お互いのにらみ合いから、一発で日本がうっちゃられた格好になりました。しかし、それでも私は、60点はあげたいなと思います。優良可であれば可。ただし、これは領土問題に関する点数です。

 そもそも、官邸は9月23日に「2島返還が最低限」という情報を、どうしてリークしたのか。いわゆる、期待値下げオペレーションという、初めに期待値を下げておけば、ほんの少しだけそれを上回っただけで成果になる。ふだん北方領土問題に関心を持っていなかった読売新聞にリークしたことに意味があり、これが朝日新聞だとまた違った展開になったかもしれません。その後も読売新聞へのリークは続きます。あとはガサネタをつかまされたマスメディアが多かった。おそらく官邸主導でリークが行われたのでしょう。

 脇さん(千島歯舞諸島居住者連盟理事長)は「具体的な道筋が示されず残念だった」と言っていますが、これまでジェットコースターのように期待値が上っては、一気に下がるということを繰り返してきたので、元島民にとっては「またか」という思いだったのでしょう。ただ、昨年5月のソチでのプーチン大統領の演説がそれなりに前向きだったことから、「今後はなんとかなるかもしれない」と思った元島民は結構いました。

 60点とはいえ、良いところもありました。これまで、納沙布岬から7キロしかない水晶島に行くのに、国後島古釜布を経由して遠回りして行く必要があり、しかも上陸できませんでした。何故かと言えば島の名前で日本とロシアが揉めたからです。ロシアでは「タンフィーリエフ島」と呼んでいるため、「水晶島」などという島はない、という態度でした。

 択捉島に空港ができてイヤな予感がしました。例えば仁川空港から択捉まで、チャーター便や直行便が飛ぶ。また、ツアーが仁川経由で択捉へ行き、ロシアのパスポートコントロールで、外国人、観光客が入ってくる。日本から仁川経由で観光客が押し寄せるかもしれない。洞爺湖サミットの開催時、日本政府の自粛要請を無視してオーストラリアのクルーズ船が北方領土にやってきたこともありました。

 現在、日ロで空路による墓参を検討しています。しかし、2000年に鈴木宗男氏が空路で国後島を訪れたとき、かなり遠回りをしました。空というのは自由に飛べそうですが、実は決められたウェイポイント(位置通過点)をつないで飛ばなければなりません。国後島までは直線距離で70キロくらいですが、その時は580キロくらい迂回しました。読売新聞によると4月22日か23日に飛ぶかもしれないと書いていますが、航空路というのは実は日本にとって必要なものです。

 インドとバングラデシュの国境に跨がる世界自然遺産シュンドルボンでは、インドから入った観光客はインドから出て、バングラデシュから入った観光客はバングラデシュから出るような形で出入国管理を調整しました。同じように、中標津空港から北方領土に入った観光客は、中標津空港から出るようなルートが必要となります。そのためには新たなウェイポイントを国際民間航空機関(ICAO)に申請して、OKを取らなければなりません。ところが、いまのところそうした手続きをしている形跡はありません。やる気がないのか、あるいは、今年はもうあきらめているのか分かりません。

 ちょうど今日、北方領土での日露共同経済活動について、隣接地域の方々の会合が中標津町で行われていて、港湾整備や栽培漁業などの構想が出ていますが、総花的なものにとどまっています。返らぬ現実を70年以上も嘆いて来たのですから、返還後の未来像を考えていても良さそうなものですが、「こういうことをやりたい」というような踏み込んだ提案はほとんどありませんでした。

 安全操業というのがあります。1998年に日露が合意した枠組み協定で、国後島の3マイル以遠まで入って操業ができます。こういうものを、例えばエコツアーに利用できないか、と私は思っています。四島近海には、北海道では姿を消してしまったような希少な動物たちがいっぱいいます。間近でシャチやラッコ、トドが見られます。エコツアーが実現すれば、元島民も自由に行き来ができるかもしれません。

 知床がユネスコの世界自然遺産に登録された際、IUCN(国際自然保護連合)は、知床に隣接する諸島も同様の生態系を有していることから、両国が合意するなら将来的には国際平和公園とすることも可能、と技術評価書に書きました。

 しかし北方四島は日露が領有権を主張する係争地です。そういう難しい地域でどう折り合えば実現できるか。NPO法人北の海の動物センターとNPO法人日露平和公園協会が知恵をしぼりました。ウルップ島まで含めてしまえば日露で折り合えるのではないか、と。北方四島を共通項とすれば、日本は北方四島までを「固有の領土」として主張でき、ロシアはウルップ島から北方四島までの実効支配を担保できるというわけです。

 係争地の取り扱いについて世界遺産条約第11条3は「2以上の国が主権又は管轄権を主張している領域内に存在する物件を記載することは、その紛争の当事国の権利にいかなる影響をももたらすもののではない」と定めており、係争地であっても双方から申請がなされると登録や拡張は可能です。ここは流氷がやってくる世界的な南限です。トロール船がスケトウダラを乱獲し、資源が十分の1まで低迷してしまいましたが、自然遺産に登録することで資源の持続的活用が可能になるかもしれません。

 現在、人が住んでいるのはほんのわずかな地域で、広大な土地が手つかずの状態で残っています。択捉島南東部の得(うる)茂(も)別(べつ)湖はベニザケの繁殖南限です。漁業関係者の中からは、戦前行われていたベニザケのふ化増殖事業とリゾート開発を合わせた構想を日露共同経済活動で実践してみてはどうかという話も出ています。ベニザケを求めて多くのヒグマが川沿いに生息しています。米アラスカ州のマクニール(マクニールリバー野生動物保護区)のように、ツアーの人数を1日10人に制限することも考えられます。世界中から観光客を呼び込めるぐらいの魅力が凝縮しています。択捉島は北方四島の中でもとりわけ自然が豊かで、ヒグマのほか、エトピリカ、シャチ、ラッコ、マッコウクジラなどが生息しており、エコツアーにはもってこいの島です。「この地域の未来像を描き」「ウィン・ウィンで」という安倍首相の構想とも重なるのではないでしょうか。

 もちろん共同経済活動は、本当に平和条約締結につながるのか、という問題をきちんと考えておかなければなりません。

 

(岩下)「最低でも2島」という報道が期待値を下げたという話ですが、これは4島一括返還に対する期待を2島返還という意味で期待値を下げたという意味ですが、それとも、これまで4島返還を主張していたので、ここで2島返還という話を出せばプーチン大統領が乗ってくると官邸が思ったのでしょうか。

 

(本間)安倍総理の頭の中は分かりませんが、いろいろなことは考えられます。元島民の方々も高齢化して、もう先がないという中でなんとか解決を図りたいとか、国民の期待値を2島返還まで下げることにより、それより少しでもよい結果を出すことで良くやったと評価されるようと考えたのかもしれません。それから、やはり領土交渉は安定政権でなければできないので、プーチン大統領も安倍総理も政権が安定しているいましかない。ここでやっておかないと、次は100年先になってしまうということを考えていたのかもしれません。いろいろな思惑が渦巻いて、こういう結果になったのだと思います。

 

(岩下)前原氏が、国会論戦で「最低でも2島」を取り上げて、東京宣言では4島の帰属を解決して平和条約を結ぶのではなかったのかと質問していた。

 やはり4島返還という枠組みは堅持しているのだろう。そうだとすれば、この2島返還というのは2島先行なのか、2島だけなのかは別として歯舞と色丹の2島返還のことを指し、日本側としては1956年の日ソ共同宣言に前提として、この歯舞と色丹の2島を返還するのは然るべきものだということになり、プーチン大統領に言わせれば然るべきものではないということになる。

 山口では90分ほど二人で話し合った訳で、ここで領土問題についてもかなり話し合われたようだが、それは外に出ていません。率直かつ突っ込んだ議論をしたと言っていますが、これは外交用語では「喧嘩別れ」ですよ。その時、プーチン大統領は、領土問題については一切表にだすなと言ったと言われているようです。共同声明では領土問題には触れていません。また、北方4島における共同経済活動についても、共同声明ではなくプレス向け声明に盛り込まれただけで、さらに日本語版では「国後、択捉、歯舞、色丹」と書いてあるのですが、ロシア語版には「南クリル」と書いてある訳です。ここが一致しなかったといおうのが、共同声明に盛り込まれなかった一番の理由だったようです。ところが、安倍総理は、共同経済活動について、4島の名前を書かせたから成果であると言っています。結局、水晶島や多楽島への墓参の話もありますが、このように島の名前で揉めると何も進まないではないでしょうか。

 

(本間)確かに、島の名前は重要です。かつては、日ロの地名を併記することでクリアできた時代もあったのですが、最近はかなり厳しいようです。

 

(岩下)ロシア側は、島名の併記を許すことは領土問題の存在を認めることになると考えている訳です。その意味ではロシア側は一貫しているのですが、これは、例えば「北緯〇度東経〇度にある島」という表記はできないのでしょうか。

 

(本間)そういう提案をしたこともあり、一つの考えであることは認めたものの、結局は実現しませんでした。

 

(岩下)技術的な話のようですが、実はこうした話がネックになって解決ができないのです。これが主権問題に係るからです。この一事で外交というのは止まってしまうのです。

 さて、飛行機による墓参の話ですが、飛行機を利用するのであれば、なにも中標津空港を利用する必要はなく、新千歳空港を利用する方が利便性は高いのではないでしょうか。

 

(本間)これは、黒岩さんも言われていたように、根室および周辺地域に利益が還元することが重要なのであって、仮に新千歳空港を発ったとしても、必ず中標津空港なりを経由するルート作りが必要です。

 現在、納沙布岬の観光客の入り込み数は年間15万人ほどですが、内閣府ではこれを10倍の150万人にしようとLCCを運行させようという動きがあります。しかし、150万人というのは知床の入り込み客数より多い数字です。仮にLCCを飛ばしたとしても本当に実現可能な数字でしょうか。そんな不毛な路線を作るよりは、とにかく北方領土の玄関口を中標津空港1カ所にしておくことが重要だと思います。

 

(高田喜博)

 これまで、北海道の中小企業の対ロシアビジネスを支援してきた関係から、安倍・プーチン会談後の対ロシアビジネスについて述べたいと思います。

 北海道とロシアの経済活動の歴史は古く、ソ連解体直後の1992年には北海道と隣接する極東3地域の経済協力に関する常設合同委員会が設置され、同時に具体的な案件を盛り込んだ経済協力プログラムが策定されました。また、2000年代にサハリンプロジェクトが開始されると、日本の総領事館と共に北海道のユジノサハリンスク事務所が開設され、経済交流に不可欠なフェリー航路や空路が開設されました。

 しかし、ロシアは二度の経済危機に見舞われ、最近も原油価格とルーブル安、さらに経済制裁などがあり、残念ながら北海道とロシア極東との経済交流は、期待されたような大きな流れにはなっていません。

 とはいえ、安倍・プーチン会談のずっと以前から、北海道の企業は対ロシアビジネスに挑戦し続けてきました。山口の翌日、東京でのビジネス対話には、そうした北海道の企業や北海道銀行が参加しています。そして、最近の日ロの経済協力の動きは、これまでロシアビジネスに挑戦してきた道内企業にとって「追い風」になるだろうと考えています。

 先ほど、齋藤さんが分野の多角化、中小企業の参加、エリアの広域化が必要だというお話がありました。北海道で言えば、これまでの道産品の輸出促進という取り組みから、世界で一番寒いサハ共和国で温室栽培を建設し、医療の分野では極東に画像診断センターを開設するなど、分野は多角化しています。また、対ロシアビジネスに挑戦する北海道企業は例外なく中小企業です。エリアも、従来はサハリンや極東が中心だったのですが、先ほどのサハ共和国や札幌市と姉妹関係にあるシベリアのノボシビルスクなどに、さらに、中央アジアのカザフスタンなどに拡大しようとしています。

 12月に安倍・プーチン会談後のビジネス対話で、具体的な経済協力について合意されたことによって、トップダウンによるビジネス環境・投資環境の整備、ロシアビジネスのイメージアップなどが期待できるなど、大きな「追い風」になることを期待しています。

 次に、北方4島における共同経済活動に関しては、非常に困難であると考えています。想像してみてください。仮に特区を設定するとしても、実際にロシア人が生活している島で経済活動を行うのですから、契約を締結する際の法律や言語はどうしますか、トラブルがあった時にどちらの裁判所に管轄がありますか、事件や事故があった場合はどちらの警察に管轄がありますか、利益が出た場合はどちらの税務署に税金を納めますかなど、主権の問題は避けて通ることはできません。だから、これまでも共同経済活動は実現しなかったのです。もし、これを実現しようとすれば、日本側としてもロシアの実効支配下にあるという現実を十分に踏まえて、最大限の譲歩をしなければならないだろう。

 それでは、それだけの譲歩をする価値があるのか。これは難しい問題ですが、今ここで領土交渉を放棄することができないとすれば、共同経済活動を突破口にするしかないだろう。実現可能性があるのは、既に実施されているビザなし交流をビジネス目的の渡航に拡大することだと思う。それによってビジネスの往来ができるようになれば、それは日ロ双方にとって意味があると思う。

 共同経済活動の具体例としては、プレス声明では「漁業、海面養殖、観光、医療、環境その他の分野を含み得る」となっていた。これらは全てロシア側で課題となっているものだ。こうした課題に貢献することを通じて、その分野のビジネスに参入しようというのは、これまでの北海道がやってきた「貢献と参入」というやり方でもある。この中で特に興味があるのは観光で、ちょうど岩下先生と一緒に取り組んでいる「ボーダーツーリズム」が関連する。これはボーダー(中間ライン)地域を旅するもので、地元を経由することになるというメリットがある。

 安倍・プーチン会談で日ロ関係は動き出そうとしており、さまざまなことが期待できそうだが、実際には結果はなにも出ていない。それでも、あえて期待値に対して80点という高い点数をつけたいと思う。会談の前後の議論を通じて、固有の領土論や4島一括返還論を再考する契機となったのはないか。共同経済活動の実現に向けて新しい日ロ関係が構築されるのではないか。そうしたことを含めて評価したいと思う。

 

(岩下)期待値で80点ということですが、期待の部分を取ったら何点ですか。

 

(高田)期待の部分を取ったとしても、最悪の状況にはなっていないので優良可でいえば可をあげたいと思います。可は30点ぐらいですか。

 

(岩下)30点は低いですね。さて、各自の点数の平均点は72点です。高田さんの30点の方でいくと平均は60点です。

 私は、領土問題については厳しい点数になるのですが、テレビ局の仕事で山口に行ってプーチン大統領を3時間ほど待っていて、ちゃんと到着しただけでありがたいと思ってしまいました。それが、現在の日ロ関係の現実なのかもしれません。

 領土問題について厳しい点数になるのは、2島返還という話が出て元島民の方々の期待も高まっていたのを見て、もし2島返還に国後や択捉についても何かあれば、安倍総理は大成功だと考えていました。そして、山口で何かしらの文書が出るのではないかとも考えていたのに、何もでなかったということもあり辛い点数になっています。

 

休憩

 

(岩下)それでは後半を開始します。最初に、「経済協力や経済活動」と「政治や領土問題」との関係です。それらが密接に関係していると言ったパネリストはいません。そこで、それらが全く関係がないのか、少しは関係があるのか、もし関係があるとして、どれほど関係があると考えているのか。こういう質問をするのは、例えば日本と中国との関係を見ると、経済的には密接な相互依存関係があるのに、政治的な関係は非常に良くない訳で、これは経済が領土問題に影響すると考えずに、経済は経済、領土は領土と分けて考えた方が良いのではないかと思うからです。

 

(黒岩)多少は関係があると思います。ただし、日ロの経済関係は、ものすごく小さいので大した影響はないと思います。日本は、経済制裁は有効だと考えているようです、例えば北朝鮮に対する経済制裁だって大きな効果は出ないことを考えるべきでしょう。

 1993年頃に札幌に住んでいたので、先ほど話が出た常設合同委員会の通訳をやっていました。北海道や極東のことをいろいろと勉強する機会になったのですが、あれほど楽な通訳はありませんでした。というのは、毎回「これから経済協力しましょう」と同じ話が繰り返されるだけだからです。稚内・コルサコフ航路の日ロの話し合いでも同じ話が繰り返されていました。

 それは、北海道はある意味で恵まれているからではないでしょうか。経済的に困っていなくて楽だから、わざわざ必死になってロシアに出ていく必要などなかったのではないでしょうか。

 

(岩下)齋藤さんにお聞きしますが、黒岩さんが言うようにロシアに対する経済制裁など苦にならないのでしょうか。

 

(齋藤)少ない日本がやっている制裁は、痛くも痒くもない制裁です。ただ、ロシアから見ると制裁をやるというのは、戦争の前段階として敵国にやるのが普通なので、経済制裁と領土問題の解決は無理なのではないか。

 

(岩下)米国の研究会でウクライナ人と話しをしていて、彼は「日本は、米国やEUよりも厳しい制裁をやっていれば、領土交渉はもっと有利にできたのではないか」と言っていました。私は、彼に「安倍総理は、既に領土交渉に前のめになっていた時期なので、もっと早く、そうなる前にウクライナ問題が生じていれば可能性もありますが、その効果については分かりませんね」と答えました。

 しかし、日本がロシアに経済制裁できない理由として、日ロの漁業協力の問題があり、経済制裁のせいで漁業ができなければ日本が困る。その意味で、日ロは既に密接な経済的相互依存関係にあるのではないか。

 

(本間)ちょっと異なる観点になるのですが、経済制裁のせいでベニザケが獲れなくなりました。それは、経済制裁に対する逆制裁でロシアはEUから食料を輸入しなくなりました。このためロシアは食料を自給すべく、いろいろな対策を考えたわけです。そして、高級なベニザケを日本漁船に獲らせるよりは、も自分たちで獲って国内消費に回そう、ということになり、日本の流し網漁を禁止してしまいました。このように、一つのものが関係のない別なものに作用することがあり、サケ・マスの漁業基地であった根室が壊滅的打撃を受け、そうなると領土問題どころではなくなるという負のスパイラルに陥っています。

 

(岩下)この論点は重要で、日本では経済と政治を単純に区別して議論しているのですが、それぞれに含みがあって多元方程式で考えるべきなのでしょう。そうなると、本当にそれがスイッチがどうか分からなくても、とりあえずこれを押してみれば、それで領土問題も動くかもしれないし、動かないかもしれないということで良いのかもしれない。

さて、高田さん。先ほど黒岩さんが北海道に対して非常に厳しい意見を述べましたが、北海道は本当にやれるのでしょうか。

 

(高田)もともと、私は中国との経済交流が専門でしたが、10年ほど前からロシアとの経済交流も担当することになました。そうして、最初の研究会で合同委員会の批判をしました。したがって、同じことの繰り返しで具体的な成果を出していないという批判は良く分かります。ただ、その後は少し変化しています。もともと経済交流の主体は個々の企業なのですね。最近は、道内の一部の企業が積極的にロシアに出ようとし、道庁はそれをどうやって支援しようか考えるようになってきています。

 そうした流れの中で、今回の安倍・プーチン会談のインパクトがあった訳です。これを受けて、北海道ではロシアとの経済協力として何ができるのか、北方領土における共同経済活動として何ができるのかを真剣に考え、これまでの反省を踏まえて推進させなければならないのです。

 

(岩下)具体的には、どういうように推進させるのですか。

 

(高田)12月に山口の翌日の東京における日ロビジネス対話に、いくつかの北海道の企業が参加しています。その一つが北海道総合商事(株)のサハ共和国における食物工場です。世界で一番寒い地域で事業展開できるのであれば、他の寒冷地でも可能な訳で、ユーラシアに展開してほしいと思います。

 そして、旭川の作業着を扱う中小企業は、寒冷地用のマイナス30度でも劣化しないゴム手袋などをロシアに売り込もうとしています。通常は競合する韓国や中国の製品が真似のできないものなので、中小企業といえども大きな可能性があると期待しています。

 

(岩下)齋藤さんにも、経済協力の面で北海道がやれることについてお聞きしたいと思います。

 

(齋藤)現在、ロシアの経済政策のキーワードは、ロシアへの企業誘致(投資)とロシア製品の輸出支援です。従来は、北海道といえば、道産品、特に農産品の輸出でしたが、最近はロシアで何かやろうという企業進出の事例もあって喜ばしいことです。

 北海道企業がやれることはいくつかありますが、やはり農林水産業の分野だと考えています。北海道の水産の技術が秀でているのであれば、現地に加工工業を作ることを考えてほしいと思います。日本企業は、現地で製品を作って日本へ輸出することを考えますが、ロシアに需要が生まれているので、良い製品は必ずロシアでも売れます。

 ロシアは税制が難しい、手続きが難しい、言葉が難しいなど進出しない理由を考えてしまいますが、ロシアに進出している最近の社長さんたちはロシア語ができません。言葉ができなくてもロシアへ行ってみようという若い経営者がもっと出てくれは、北海道も変わるのではないでしょうか。

 

(岩下)さて、根室の話をしたいのですが、多くの元島民が島が返還されなくても、せめて自由に往来したい、経済活動をさせてほしいと考えているようです。共同経済活動は難しいかもしれないけどチャンスでもあると思います。地元は、これをどのように生かそうと考えているのでしょうか。共同経済活動と言っても、東京の大手が入ってくるのであれば地元によっては痛しかゆしだと思います。

 

(本間)安倍総理は「この地域の未来像を描き」「ウィンウィン」「日本人とロシア人が一緒に住んで」とか言っているのですが、そこから「新しいアプローチ」について考えると、浮かび上がってくるのは、2~3年後を目途に固めていきたいと考えているのではないか。つまり、経済がうまく回り始めてくれば領土問題についても進展するだろう。いまのところ総理の考えている「新しいアプローチ」のうち、3割程度は「こんな感じかなぁ」とほの見えるだけで、残りの7割の戦略はまるで見えてきません。

 先ほど申し上げたように、根室という地域は、北方領土が現実に返還された時にどうしたいのかについて真剣に考えてこなかったのではないかと感じています。本当に四島が返ってきてほしいという切実さがない。むしろ、ロシアに依存しながら、魚がそれなりに水揚げされて市中経済が潤えば良いと考えてきたのだと思います。1990年代くらいから根室は、「領土問題が解決しないから苦しい」と言って政府からさまざまな優遇策を受けてきました。

 そう考えるのは、総理が今回、「この地域の未来像を描く」と言い始めたとき、総花的なプランしか描けなかったことからもうかがえます。これまで返還後の未来像をろくに描いてこなかったことがバレてしまいました。

 北海道未来総合研究所が、平成5年8月に出した「北方領土の将来構想に関する基礎研究」という報告書があります。そのほかに根室市の有識者が作った「四島の開発プラン」のようなものもありますが、その程度です。四島の将来像を真摯に探ろうとした形跡はほとんどありません。表に出ていないだけかもしれませんが。

 これだけ根室の漁業が厳しい状況ではありますが、倒産した地元企業は実はそんなにありません。アンダーグラウンドな経済の蓄積があったのだと思います。それがカツカツになりつつあるいま、共同経済活動に関する期待は非常に高まっています。

 そこで現在は、仮に栽培漁業を手がけるにしても、どこでどういう栽培漁業が可能か、海底の低質や海流の影響、水温の変動などごく基礎的な調査から始めなければならないという現実に迫られています。

 

(岩下)しかし、調査のために国からお金が落ちるのですね。

 

(本間)お金が落ちれば、調査で獲ったモノは根室に水揚げできます。

 

(岩下)元島民はどうですか。世論調査によれば4島返還を言う人は、むしろ少数派になっていますね。その中で、元島民の方々も4島返還と言えなくなっているのではないでしょうか。返還運動はどうなるのでしょうか。

 

(本間)私も「最低でも2島」という読売の記事が与えたインパクトは大きいと思います。「最低でも」ということで、「4島はもう返ってこない」というイメージを国民に与えてしまったのと同じだと思います。自分たちは見限られてしまったと感じたのではないでしょうか。

 

(岩下)黒岩さん。フロアからの質問を取る前に、これまでのやり取りを聞いて最後にいかがですか。

 

(黒岩)私は、「最低でも2島」というより「最高で2島」でも御の字だと考えています。私は、北海道がもっと主体的に領土問題について発言してゆくことを提案したいと思います。まず、ハーグの国際司法裁判所に提訴しても時間がかかるだけです。ソ連時代に日本は何回か持ち掛けましたが、当時のソ連は断っているので、これからも可能性はありません。実は、1991年にゴルバチョフが来日する前に、ソ連側の学者たちが国際司法裁判所に提訴された場合も想定して検討しています。その結果は、「ソ連は、歯舞と色丹を日本に渡す義務がある。国後と択捉に関してはソ連の方が有利だが、その法的地位を確定する必要がある」というものでした。日本外務省にも、ハーグに提訴しても国後・択捉については日本が不利だと認める人がいます。国際司法裁判所に提訴しても日本に返ってこないであろう2島について、対ロ交渉で取り戻そうというのは非現実的ではないでしょうか。

 私はこれまでの北方領土返還運動を否定しているのではなく、ここまで運動をやってきたからこそ2島だけでもチャンスは残っていると言いたいのです。確かに、日本固有の領土であると主張したい気持ちは分かりますが、この固有の領土論は国際社会では通用しません。日本が主張するようになったら、中国も尖閣諸島のことを固有の領土、韓国も竹島のことを固有の領土、ロシアも北方領土を固有の領土と言っています。「固有の領土」には定義がないので、これは国際社会では通用しません。

 このまま解決されずに交渉を100年続けるより、どこかに国境線を画定して、それを克服していくことが私たちの課題ではないでしょうか。

 今日のシンポジウムのテーマ「動き出した日ロ新時代」もどこか受け身ですね。これはむしろ北海道が主体的に動かして行こうと考えるべきでしょう。今は安倍・プーチン会談を評価している場合ではなく、北海道が主体的に働く必要があると思います。

 例えば、ハイエックが権威のある国際法学者を集めて国際司法裁判所に提訴した場合をシミュレーションすれば、日本の不利は明らかになるでしょう。そこからもっと建設的で現実的な解決策を提案してはいかがでしょうか。

 

(岩下)さて、残り20分です・フロアから質問を取りたいと思います。たくさんの質問がでるかもしれませんので、質問は1人1つ1分以内でお願いします。他に手があがらなければ2つめの質問を認めます。

 

(質問1)菅官房長官は、依然として4島返還論を堅持しているようですが、安倍総理に対してこの問題をきちんと提起すべきではないか。

 次に、今、日本はウクライナ問題を理由とするG7の制裁に加わっていますが、これを日本がイニシアチブを取って制裁を解除させることができれば、領土交渉においては日本に有利になるのではないか。

 齋藤さんに聞きたいのですが、サハリンから北海道にガスパイプラインを引くことができれば、日ロ双方にとってウィンウィンの関係になって良いのではないでしょうか。

 

(質問2)岩下先生に質問なのですが、日ロ関係を良くしたのであれば、地域の盛り上がりが不可欠だと思うが、それにしても根室も稚内も遠すぎる。経済的合理性の問題はありますが、稚内と札幌、根室と札幌をリニアモーターカーか鉄道でつなげて人の流れを激しくする必要があるのではないでしょうか。九州は、新幹線なども成功して外国人なども大勢利用して経済的にも良いと思うのですがいかがですか。

 

(岩下)それに一言だけ答えると、それはJR北海道の社長を呼んでやりたいとテーマだと思います。

 

(質問3)プーチン大統領は、良く中国との関係を引き合いに出していますが、中ロ貿易は日ロ貿易を圧倒しています。日ロ貿易をもっと拡大しないと領土交渉でも相手にされないのではないでしょうか。パノフ・東郷提案(1956年の日ソ共同宣言に基づく歯舞・色丹の2島返還と国後・択捉両島での共同経済活動を同時並行的に協議する案)について、これにリアリティを持たせることが平和条約締結のために有効なのではないか。

 

(質問4)日ロ関係において返還の話が進むのは良いことですが、実際問題として安全保障上の問題で必ず米国が絡んでくると思います。今は、トランプ大統領なので、いろいろ騒がれていますが、もし北方領土が返還されると米国はその軍事利用を考えるかもしれません。それは、具体的な返還についての議論をする際に影響してくるのでしょうか。

 

(岩下)ありがとうございました。経済、政治、地域、国際政治について質問がでました。それでは経済からということで、齋藤さんにガスパイプラインについてお願いします。

 

(齋藤)東京における日ロビジネス対話で合意された80件の内容は、昨年5月にソチで8項目の経済協力プログラムを提案してから日本政府が大急ぎで策定したものです。その間にロシア側からもサハリンと北海道を鉄道で結ぶとか、橋で結ぶとか、ガスパイプラインで結ぶとか、いくつかの大型案件が出てきました。多くの人は非現実的だと考えるかもしれませんが、今後は、そうした国が主導するような象徴的な大型案件について挑戦していくことも必要だと考えています。

 あと、日ロ貿易の拡大についてですが、貿易統計で見れば中国はロシアにとって最大の貿易相手国で貿易額は約1千億ドルです。これに対して、日本はロシアにとって7番目の貿易相手国で貿易額は約300億ドルなので、中国のレベルまで引き上げろとは言いませんが、経済関係が太い方が良いのは当然なので、今後は太くしていくべきだと考えています。

 ただ、中国とロシアの国境問題が解決された時の中ロ貿易は、今の日ロ貿易より小さかったことを考えると、日本がロシアの最大の貿易相手国になったとしても、それで領土問題が解決する訳ではないので、経済問題は淡々と進めていくべきです。

 最後に、私は領土問題の専門ではないのですが、森元総理の言い方が好きです。彼は、首脳会談で大きな地図を広げて、安倍総理とプーチン大統領の二人がマジックペンを持って、どこに線を引こうかと言って決めれば良いと言っています。無責任に聞こえるかもしれませんが、そうしたやり方が最終的な解決になるのではないかと思います。

 

(高田)先ほど、経済制裁解除の話が出ていました。経済制裁のせいで、ロシア国内の輸入代替を進めたい、言い換えると自国生産に切り替えたいということで、日本からの投資や中小企業の技術に対する需要が生まれてきたというプラスの側面があることも考えておく必要があります。

 また、本日の「動き出した日ロ新時代」というテーマですが、動き出したのは国と国の関係です。そして本日のメインタイトルに「北海道で考える」とあるように、このシンポは北海道に住む我々の問題として考えていきましょうというシリーズの一環です。黒岩先生に指摘してもらったように、今後も道民の皆さんと「今後の展開」について主体的に考えていきたいと思います。

 

(本間)北方領土は、極めて豊かな生態系が温存されている地域です。これだけ手つかずの自然が残ったのは、開発の手から免れてきたからです。ソ連時代はロシア人でさえ自由に入れない地域でした。南極を訪れるより難しい地域と言われたこともあります。かつての日本の山や川が温存され、開発の進んだ本州とはかけ離れた日本が残っています。日本が高度成長で失ったものがそこにあるという見方もできます。

 今回のプレス声明では三つの項目に分けられていましたが、実は「環境」と「観光」と「漁業」というのは同じテリトリーの問題です。まずは日露で環境整備を行い、持続可能な形で漁業とエコツアーを実践すれば、沖縄以上に可能性があるかもしれません。ある意味で「究極のエコアイランド」なのです。エコツアーを重ねて行くことで、いつ、どこへ行くと、何を見ることができるか、というデータも取ってしまう。こうしたデータも将来、日露が共存して行くための重要な資源になります。

 世界には、係争地であるがために、豊かな生態系が温存されている地域がかなりあります。安倍総理はそこまで考えていないかもしれませんが、これは「係争地の新たな解決の仕方」でもある、という考えが少しでもあれば、世界は変わるのではないでしょうか。おそらく「環境安全保障」のようなものですね。それが「新しいアプローチ」の正体であれば、すばらしいことだと思います。

 この豊かで躍動的な自然が日本にまだ残っていることを自覚し、しっかり保全しながら、そしてロシアともウィンウィンの関係でやっていけるような、そういうものが今後の展開なのではないかなと思います。

 

(黒岩)先ほど米国の話が出ましたが、この問題は米国抜きでは解決できないですね。日本人は、「ソ連が日ソ中立条約を破って火事場泥棒的に北方領土を奪った」と言っていますが、事の発端はヤルタ協定で、英米がソ連に対日参戦の対価として、千島列島を引き渡すと約束したのが始まりです。1956年の日ソ共同宣言の際にも2島返還での妥結に横槍を入れたのは米国です。今はチャンスですが、米国抜きでは解決できないので、ちゃんと説明して米国にも納得してもらって、平和的な解決を認めさせるべきです。非武装化という話は前から出ているので、当然、平和条約の中に盛り込んで解決すべきだと考えています。

 

(岩下)米国のこと、日米同盟を考えたときに、沖縄の基地問題はある意味で領土問題なのですが、日米関係の重層性と深さと多層性に支えられ、日米同盟は安定して機能しています。確かに、トランプ大統領が出てきて日本人は不安かもしれないが、米国人も世界ももっと不安な訳です。日米は、リーダーが誰になっても重層的な関係があって、沖縄の基地問題がこじれても日米関係は壊れない訳です。これに対して日ロ関係では、プーチン大統領とだけ抱きつけばよいという話になっています。

 今回、安倍総理は領土問題に絡めてきましたが、むしろ普通に日ロ関係を深めていくべきだったのはないでしょうか。領土問題のトラップ(罠)にかかっているのは安倍総理なのかもしれません。だから、領土問題を言わずに重層的な日ロ関係を構築すべきであり、それが経済なり文化なりの交流であり、そういう意味では、12月の首脳会談では、領土問題は前進しなかったけれど、日ロ関係にはプラスだった。

 会談前にプーチン大統領が、読売新聞と日本テレビのインタビューに答えて言ったことは、ストレートなメッセージだった訳です。領土問題に関して「国後と択捉は論外で、歯舞と色丹だって無条件ではない」というのは、これまでの主張を言っただけです。これは、幻想ばかり見ている日本に対して、これがロシアの掛け値なしの話なのだ。いい加減、日本は分かれよというメッセージにも読める。

 そこから新しい関係をどうやって作り直していくかが我々の課題であるし、例えば領土幻想なども変わり目だとすれば、新しい日ロ関係を、もう一度、構築する時期にきているというのが私の本日の結論です。こういうことを、領土問題を抱えている北海道から発信することに意味があると思います。


▲このページの先頭へ

Copyright(C) HIECC. All Rights Reserved.